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インタビュー「先人に学ぶ」

山野草でもてなす、故郷民宿

吉野武文さん(奈良県野迫川村)


 民宿を経営しながら、裏山にスギ天絞とシャクナゲの二段林を育てている、奈良県野迫川村の吉野武文さん。林床は様々な種類の山野草で埋め尽くされ「佰草園」と名付けられているこの山には、夏季には多くの宿泊客が訪れる。奈良県内でも有数の篤林家で楽しみながら山づくりに励んでいらっしゃる吉野さんを訪ねた。

■山野草で林地保全
 色とりどりの山野草が林床を覆った手入れの行き届いた明るい林内に、ビブラートのかかった澄んだ音色が高らかに響き渡る。この山の主・吉野さんの草笛の音だ。
 ここは和歌山県高野山に接する奈良県西南端・野迫川村の吉野さんの山林「佰草園」。10〜15年生のスギ天絞を上木に、シャクナゲを下木として植え、下層はミヤコワスレ、ジュウニヒトエなど数々の山野草で埋め尽くされている。
「黄色の花が珍しい秋の山野草・キジョウロホトトギスのように葉焼けしてしまうものも林内だからうまく育ちます。山野草の成長ぶりが楽しみで、山へ行く足も軽くなり、山仕事も楽しくなります」。案内する声も弾む。
 木地師だった曾祖父が良質なクリの木があるこの地へ移り住み、祖父の時代から少しずつ山を増やし、吉野さんの代で30haを保有する。現在25〜45年生のスギ(6割)を主に、ヒノキ(4割近く)とマツタケ用のアカマツが12ヵ所に渡って植林されている。うち、2haをスギ天絞林に仕立てている。
 「佰草園」は、吉野さんの所有林のうち、自宅裏山にある0.5ha。品種中源や三五、雲外を中心とした12年生のスギ天絞が約2000本植林されている。
 先代が植えた90年生のスギ皆伐地に、平成元年天絞スギを植え、翌年から毎年、クリンソウ、キレンゲショウマ、トリカブト、ギボウシなど村内の山野草を中心に、様々な山野草を植栽。今では約100種類の草花が四季折々に林内を彩っている。
 「傾斜がきつく、歩くと土が動いてしまった。土壌流出と雑草防止、乾燥を防ぐために、林床を山野草で覆って林地保全や地力維持を図る草生造林を始めました」

■条件を活かしたシャクナゲ栽培
 森林率97%と林業を主産業とする野迫川村は、吉野林業地と離れいるため、吉野林業の流れは直接受けてはいない。「昭和39年に野迫川林研を発足以来、徹底した枝打ちによる優良材生産をめざして、吉野・川上村や京都・北山などの先進地見学に行きました。昭和60年頃より、挿し木による天絞生産に取組み、年間50本前後、100本を超す多い年もありました」。干割れ防止のため葉枯らし乾燥後、一人で担いで出材し、自家加工場で砂磨きをして、桜井の銘木市場へ出荷。民宿の宿泊客など村内外から「直接購入したい」と訪ねてくる人もあったという。
 しかし近年は、林業不振と従事者の高齢化が進み、村の林業経営にも活気が見られない。
 そんな中、吉野さんが注目したのが林内でのシャクナゲ栽培である。「シャクナゲは平野部での栽培が難しいんです。村へは以前から花屋が山へシャクナゲを採りにきていました。これに目を付け、切り花として出荷できないかと思ったんです」。「村の花」でもあるシャクナゲの栽培は、標高400〜1300m、年間を通じて平野部より10℃近く低い気温で冷涼な気候の野迫川ならではのもの。「半日陰地に育つシャクナゲの生育条件は林内で下木として育てるのにも適しています」。
 下木としてシャクナゲを本格的に植え始めたのは、平成3年から。当初、500株だったシャクナゲも今では大小合わせて1000株にも達する。「現在は試験的に植えていますが、もう10年程して天絞を伐ってから、シャクナゲを出荷して、将来シャクナゲ栽培を村の新しい産業としていきたい」と目を輝かせる。

■宿泊客を「佰草園」へ案内
 武文さんは民宿「よしのや」の主人でもある。「夏季の野迫川は『天然の冷房』と称され、避暑地として最高です」。夏季には避暑へ、秋にはマツタケ狩りや登山に、大阪や奈良市などから多くの都市民が訪れる。「山仕事は民宿経営が一段落する11〜3月、枝打ちや間伐に精を出します」。また下刈や取り木などは忙しい民宿経営の合間を縫ってやっている。
 民宿を始めたのは、昭和47年。「当時は子育ての最中で、山へ行きたくても行くことができませんでした。女性も村で収入を得られ、はつらつと生きていけるようにと『ふるさと民宿経営』を村に発案したんです。村の人に呼び掛けて、30軒が認可を受けて民宿経営に乗り出しました」と当時を夫人の二六子さんは朗らかに振り返る。
 経営を始めた当初は登山客や行商人が主だった客も、口コミで広がり、家族連れや合宿客らで、年間1000人が泊まる。
 「佰草園は私の趣味、楽しみの場ですが、民宿を訪れるお客さんの心のゆとりの空間になれば」と、武文さんは佰草園へ宿泊客を案内する。「お客さんと佰草園を歩くのは本当に楽しいですよ。気持ちの良い林内で草花に親しんでいただき、楽しみを盛り込みながら、皆さんに自然の素晴らしさや大切さを肌で感じてもらいたいです。そこから、森林・林業にも関心や理解を寄せていただければ」。
 高山植物や薬草も豊富な8月は、家族連れが多い。「最近は、『珍しい山野草があるから、子どもの良い勉強題材になる』とか『下刈体験をしたい』とか『親子で山へ興味をもつようになった』という嬉しい声もあります」。
 春には、ゼンマイ、ワラビ、ウド、イタドリ、フキ、タラノメ、夏はミョウガ、ウワバミソウなど山菜料理が、秋はマツタケ、シメジ、マイタケなどが食卓を賑わす。
「うちは山菜料理がウリの一つ。植物が好きな人が多いので、佰草園へ案内すると喜んでくれて、リピーターにもつながっています。都会の人とのこういうふれあいや親戚みたいなつながりが楽しいです」と二六子さん。武文さんも「お客さんから珍しい植物をもらい、種類が増えて益々楽しくなるし、植物の仲間が増えます」と話す。

■遊びから山へ興味を--森林教室
 植物に造詣が深く、山のことを楽しく分かりやすく教えてくれる吉野さんは、佰草園を始めたころから、地元をはじめ、奈良市内や大阪などの子どもや先生、親などを対象とした森林教室の講師や講演にも呼ばれている。
 子どもたちには、草笛や鳥の鳴き真似、押し花の作り方、笹舟や朴葉面などの遊び、山の話などを通して、「遊びから山へ興味をもってもらえれば嬉しいですね」。「地元中学生には、学校林で挿し木の仕方を教えたりしています」。
 林研時代からの研究熱心な吉野さんの取組みはますます広がっている。
 「苦しい時だからこそ、楽しみながら前向きに何かをやる。これから多くの人が交流を深める場として、佰草園をもっと発展させていきたいです。そして少しでも多くの人が山へ理解を寄せてくれれば」。山のもつ魅力を最大限に引き出そうと志高く山づくりに励む吉野さんは、情熱的に語ってくださった。

 

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